今、巷にはたくさんのテープやステッカーが出回ってひとり歩きしている。そのステッカーたちは世の中の現状を鋭くとらえているものが多いのだ。物質消費文化の21世紀は安価なこれらの絵柄に触れるだけでニンマリできる。無駄だと思っていてもステッカーを貼っている時が私にとって一番楽しいのだからやっている。貼っているとストレスが癒され、やわらかい精神というものがやすらぐのだ。私はそれらのテープやステッカーから、ハッピーなものだけを集めている。たまたま友人から貰ったものや、世界の街を旅しながら出会ったものだ。私はもう長い間「ステッカー・ロッカー」なのだ。例えば旅先のカフェやバス停、地下鉄、街角の信号待ち、、、、。『私は私の道の上』そこらにスマイル・マークのステッカーを貼ることに至上の情熱をかけている。意味はない。もし言うならば。次にそのカフェのテーブルに座った人がニンマリとしてくれたらうれしいということだ。ほかになんの理由がいるだろうか。たぶんこんなくだらないことは誰もやらない。だからこそ、私はこのアートに多くの力を注いで楽しんでいる。確かに無駄かも知れない。でも私にとって他の人の笑顔を想像するということは、人生の喜びの大半をしめている。『アートは後でと』言うけれど。何年、いや何十年か経って、こんなことをしていたヤツもいたんだと、笑ってもらえた嬉しい。このステッカー・アートは私の心の中をポジティブに表現したコンセプチュラルなものなのだ。嫌いなヤツなんて誰もいない。私は誰もやらないことをやって、それに少しでも共感してくれる多くの愛せる友が欲しいだけ。心優しきあまのじゃくのトリック・スターとして、この時代を生きている。一生愛と創造の旅をして、多くのステッカーを貼って、人生を充実させたい。私の心の中にある今までにはないアートなのだ。誰もやらないことだから、私はやり続ける。私の人生の至福のために。なんとなんと楽しい宇宙の中! GO HEAD HAPPINESS AND NO WAR PEACE LOVE EARTH HEALTH

2011年1月9日日曜日

サイド・テーブルにも

近代美術館にも入っているアイリーン・グレイのサイド・テーブルにステッカーを貼ってみた。CHIKAのものだがとても喜んでくれている。ささやかな私の誕生プレゼント。御供

ナンペイくんが創ってくれたものパート3

これがいちばん好き。シンプル イズ ベスト!こうやって見るとステッカー・アートも変わって見える。ありがとう。御供

ナンペイくんが創ってくれたものパート2

並べ方だけでかなり表上が変わって来る。こっそりとUSBに入れてくれるのもいいね。
いや本当に大感激です。御供

ナンペイくんが創ってくれたもの

こうやって見るとずいぶんいいね。表現の仕方次第でアートってやはりかなり違ってくる。美しい。御供

2011年1月6日木曜日

ゲーテより


この言葉は私の心に残っている。文字を書くのが職業になった私は今もこの言葉の中にいる。御供

五木寛之氏へ


私は小説を読まない。純文学などほとんど読んだことがない。唯一、日本人の作家で読んだことがあるのが五木さんの本だ。御供

WALK WORK


人生は歩いて働いてという「WALK  WORK」ことだ。このポーズも何故かいつの間にか私のフレーズになっていた。御供

デニス・ホッパーへ


大好きな俳優デニス・ホッパーが亡くなったなんて今でも信じられない。かわいい伯父さんはどこかで生きているような気がしてならない。御供

2020年まで


2020年なんてあっという間に来てしまうんだろうな。GOして行くしかない。御供

人生の初心者マーク


これはジョークで貼ったもの。いくつになっても初心者です。たかだか人生80年くらいでしょ。御供

手つくりBEATPUNKSのステッカー


こういう風に間隔をおいてテープを貼るのは珍しい。裏にはお気に入りのステッカーがオンパレード。御供

ナンペイくんからもらったフライヤーで


ユトレヒトでのイベントの時、ナンペイくんにプレゼント。彼はステッカー・アートの良き理解者なのだ。御供

色々スマイル

これは何年か前のスペクティターという雑誌に使ったもの。何故かスマイルとピースが好きでたまらない。御供

特大のスマイル

いつも詩を書いている無印の落書き帳の表紙に特大のスマイルを貼ってみた。このスマイルは少し光っていてお気に入り。直径10CMはあるかな。御供

2011年1月5日水曜日

携帯の入れ物

新しく携帯を手に入れたのだけどこんな入れ物に入って来た。捨てようか悩んでいたとき、フォルムがいいのでステッカーを貼ってみた。御供

一番町で


今私が住んでいる一番町は暮れから正月にかけて人がいない。本当にいない。こんな東京が私は好きである。御供

机の上のパット


本当はランチョン・マットだと思うんだけど、机の上にしいてこの上で原稿を書いていた。いつの間にかこういったステッカーがたくさん貼ってあったというわけ。御供